流血

指だけじゃなく、いろ〜んなとこから。
気楽にやれた一日でした。はい。休憩時には、タイのタバコを吸ってみたり。あんまうまくはなかったなぁ。一口吸った瞬間、「うわ、粉っぽい!」とか言ってしまいました。なんかそんな気がしたんです。不思議なんだけど。なんか変なタバコ買ってみたりしようかな。
コーデュロイパンツは履き心地がよくてかなり気に入りました。でもどうなんでしょう、ブーツカットって合ってるのかな、俺に。そんな不安にさいなまれ続ける毎日です。自信などない。だから怖くてたまらない。人の目とか。基本的に下を向いているのは、そのせい。
すれ違う人間みんなが自分を笑っているように感じたことってありますか?けっこうつらいもんですよ。自分の何がいけないのかもさっぱりわからないし。怖いっすよ。どんどんどんどん自己嫌悪に陥ってゆくのみ。コンフュージョン。一人で外にいるときは、大体そんなことを感じながら生きています。そりゃ電車も乗れなくなるよ。笑い声とかほんとに怖いんだもん。自分のことを笑っているようにしか感じられないんだから。「助けて〜」って叫びたくもなるよ、そりゃ。叫びはしないけどさ。マイクの前以外では。耐えられんないけど、それでもムリヤリ耐える。そんな人間が、救われたりしたいがためにも、よりよい「自分」であろうとしてるわけですから、それなりに大変なんです。必死ですよ、実際。ネガティブとかそういうレベルじゃないんだもん。もうちょっと深い、と思う。
「どう見られるか?」という受身のようなところを基点にするのではなく、「どうありたいのか?」というところを基点にしたらいいのかなぁなんて思ったりもするんですけど、どうなんでしょうね。まぁ「所詮俺は俺。ダメなまんま」なんて思ったりもするんですけど。でもそれは自分が勝手に作り出した「自分に対するイメージ」でしかないのかな。他者に対するイメージってのは、ちょっとしたきっかけで変化するけど、自分に対するイメージは、なっかなか変えられないもんなんじゃないかなぁ。難しいもんですね。一応優秀だった頃だってなくはなかったんですけどね。うまくいかないもんだ。ディマジオからEMGに替えたらいいってもんじゃないですから。何が違うんだろう、昔の自分と。単純に、生きることが楽しくなくなってしまったのがいけないのかな。そうかも。「死にたい」なんて思わずに生きてこれたらよかったのかもね。幸せな家庭に生まれていたら、もう少しよかったのかもね(両親がケンカをして、母親が出て行こうとしている横でひたすら泣いている、という記憶が、未だに鮮明に焼きついている)。壊れ始めていた頃に、追い討ちをかけるように家庭のゴタゴタがあったりしたからねぇ。うまくいかなかった、ほんとに、あれは。
元々仲が悪いのはわかっていたから、別れるのは仕方ないなとは思っていたけど、形が酷すぎた。実は引き金になったのは壊れ始めていた僕だった、って話もあったけど、あんなのは僕の望んだことじゃなかった。利用されていただけだった、たぶん。父親はそれに気付いていた。けど僕は、そんな父親を憎んだ。そして後になって、それを後悔し続けた。どうしようもなく悲しかった。
別れたい、という話になったときの父親の変貌。板ばさみの状態で、聞きたくもない汚い話ばかりを双方から聞かされる自分。「最初から仲が悪かった」などと言われ、「じゃあなんで俺と妹はここにいるんだ?生まれてくる必要なんてなかったんじゃないか?」なんて思ったり、よろしくない血を引いていることまで知らされ、思い悩んだりする自分。その後、父親が仕事に行っている間に夜逃げのような形で敢行した、引越し。嫌がっていたのに、強制された同居。完全に居場所がなくなって、崩壊する自分。あのとき、僕はなんのためにいろんなものを捨てたのだろう?捨てることを強制され、それに従ったのだろう?僕の思いは何一つ叶わなかった。そして、思いを言う度に、何度となく捨てられそうになった。憎んではいない、なんて言ったら、嘘になるのかもしれない。
次に崩壊した時だって、親は助けてはくれなかった。気付いてはくれなかった。どうせ自分の話なんか聞いてはくれないんだと思っていたから、打ち明けることすら出来なかった。そして、ひたすら追い詰められ続けた。またしても居場所はなかった。外に求めようにも、外は外で怖いことしかなかった。誰かに会いに行くことさえも出来なかった。

「死にたい」なんて誰もが思うことなんじゃないか?とか「自分が嫌い」なんて当たり前のことなんじゃないか?なんて前は思ってたけど、そんなことはないよね、たぶん。すごくずれてるんだろうなぁ、感覚が。人前で鏡を見るとか、出来ない。周りの目が嫌で。怖い。ほんとに怖い。「自信を持て」なんて言われても、どうしたらいいのかわからない。世間様は認めてくれやしないんだから。笑われるだけなんだから。こんな人間。今だってそう。そんなこと考えること自体が間違ってる?おかしい?単なる被害妄想?終わってるな、俺。もういやだ。そんな、延々と続く、ダウンワードスパイラル。あんまり簡単な話じゃないと思うんですよ。イメージという名の牢獄。そこで僕は殺される。
ただ単に「自分が嫌い」ってだけではないんだろうな。寂しいなんてのとは別のレベルで「誰か(主に異性)助けてくれ〜」っていつも思ってるのでしょう。変かね?変でしょうね。でもそれじゃあ結局は、「依存」にしかならないんだろうな。「自分を愛するのと同じように、他人を愛しなさい」「自分を愛さないのは、愛の怠りである」「自分を愛せないものは、愛されることが出来ない」…愛するのも愛されるのも難しいもんですね。救われるためには、まずは自分自身で自分を救わなければいけないのかな?と最近は思っています。ナルシズムとは違う形の、自分への愛みたいなのは必要かな、と。
Siamese Dream
I just want to be me.

ま、基本的には欲望まみれです。向上心みたいなのはなくもないが、果たしていい方向に進めてはいるのだろうか。間違ってはいないだろうか。もどかしさばかりが残る。ぼんやりとした不安。
all I want in life is little bit of love to take the pain away〜♪getting strong today〜giant step each day〜♪とか口ずさむ。髪切ろうかな。さぁ、早く。もっと早く。さぁ、さぁ。消えてしまえばいい。今すぐに。君も、僕も。もういらない。いらない。